ぴのこ堂(もうそう部)

妙齢をとっくに過ぎああもうこのままずっと一人暮らしなのねと開き直った女の日記

実家の漫画を何とかする

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小学生の頃からコツコツ集めた漫画たち。前の棚をスライドさせると後ろの棚にもビッシリ埋まっています。

 

親に「漫画をどうにかしろ」と言われる日

それは誰にでもやってくる。(多分)

一人暮らしをはじめて22年経つ。今でも手元には結構な数の本や漫画があるが、実家にはもっとある。

「大事な漫画ばかりだから捨てないで!」と当然のように訴えていた。

そこに置いてもいいと信じ切っていた。

しかし、「本棚ジャマやから、あんたの漫画、どうにかして」と母に告げられた。

がーん。

しかし考えてみると、もう読み返すことはないと思う。

 

私は処分することを決心した。

 

 

実家に帰り、数枚の紙袋を用意して、その中にどんどん放り込むことにした。

あ、懐かしい。あれも、これも、好きだったなぁ。

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ジルベール、きみは美しすぎた。

 

 

ちなみに私は昭和45年生まれ。

漫画雑誌歴は「なかよし」→「別冊マーガレット」→「YOUNG YOU」である。

当時の私は、「キャンディキャンディ」を読み、丘の上の王子様に憧れて「ホットロード」で不良に憧れて「ダンディーとわたし」で結婚に憧れたわけですね。

雑誌も単行本も、主に少女漫画を愛読していた。少年漫画は「うる星やつら」と「Drスランプ」が好きでした。

 

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竹宮恵子先生の漫画が出てくる出てくる。

 

 

なぜあの頃のわたしは、あんなにも漫画の中の世界にどっぷりと浸かることができたのだろうと思う。

大人になってしまったわたしはもうあんなふうに漫画に夢中になれない。

今でも漫画は大好きでよく読むんだけど、病のように夢中になったのは小学校1、2年生くらいから22歳くらいまで。ピークは中学2年生。もう中2のころのような気持ちには戻れない。

学校は嫌いだったし、家庭の中も「シアワセいっぱい!」て感じではなく、嫌な時間を過ごすことが多かったと思う。

だから、漫画は主に逃避に使っていたのだ。

わたしは漫画の中の世界に逃げ込んでいた。

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 ああ、はいからさん…少尉、編集長… 里中満智子先生も大好きでした

 

 

 もう中2には戻れないし、戻りたくはない。

けど、夢中になったという記憶は残ってる。表紙を見るだけでドキドキする。

 

あのころのわたしが今のわたしを作っていることは確かなのだ。

 

現実の社会でうまく立ち回ることができずにいたわたしを励ましてくれていたのは数々の漫画たちであった。

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パタリロよりもラシャーヌ派

 

 

だってね、少女漫画ってすごいのだ。現代ものはもちろん、歴史ものもあるしSFもあるし、海外が舞台のものだって設定は何でもあり。コメディーだってシリアスだってホラーだってある。

第2次世界大戦だってナチスだって関東大震災だって出てきちゃう。

そんな中、根底にあるテーマは「恋」と「愛」。いつだって「恋」と「愛」。

それも人それぞれ。楽しい恋もあるし、許されない恋もある。

人間としての、深い愛がそこには流れてる。

 

少女漫画って素晴らしい!

 

少女に生まれて、よかったー!

(もう少女ではありませんが)

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山岸涼子先生のホラーは怖すぎる

 

 

今回の片づけで再確認しました。

懐かしい漫画を読み返すことももちろんいいことだけど、あのころのドキドキした自分の気持ちを思い起こすことだけで充分なのではないか。

もう逃避はしなくてもいいのだ。

 

あのドキドキをわたしはまた違う形で、今の自分なりに表現することができれば、こんなに幸せなことはない。中2のころのわたし万歳!

 

大切な漫画たち、だからこそ手離したってたって大丈夫。

漫画から受け取った情熱やなんやかんやはわたしの心の奥にしかと刻み付けられているのだから!

 

 

 

…しかし、やはりすべて処分することはできず「風と木の詩」全巻は持って帰ることにしました。